Roots&Vision

  • 現社長早川 親之
  • 二代目社長大角 直文
  • 初代社長早川 雅正
  • 承継と変革。

    早川 親之Chikayuki Hayakawa
    (在任/2013年6月〜)

    早川 親之

    大学院、民間企業、世界放浪の旅を経て、36歳で入社。8年間、ニスコの仕事を学び、2013年6月に代表取締役を承継しました。父が創業した会社を受け継ぐにあたり、承継すべきことは承継し、変革すべきことは変革していこうと決めました。
    承継すべきことは、「お客様に誠実に対応する」「お客様に喜んでいただける一流のサービスを、自分たちで十分に消化した上で、適切な価格で提供する」「たゆまず学び続ける」といった文化。変革する方向は、より迅速かつ柔軟に市場の変化に対応しながら、未来を創り出していく有機的な組織に。と同時に、社員一人一人がより幸せになれる環境を整える。そのために、自然界の中における人間というものを見つめなおし、より深く理解していきながら、全ての人に「人間」として関わっていくことが重要と考えています。

    早川 親之

    業務を通して培った強みを活かし、
    国内と海外との取引に新たな仕組みを。

    弊社の強みは、業務を通じて培った「強い商品力」「高い技術力」「幅広いネットワーク」です。
    「強い商品力」のために、国内外で評価の高い一流商品の日本代理店として、受入検査、メンテナンス、商品化、出荷検査を着実に実施。安心して、すぐ使用できる状態にしてお届けしています。
    「高い技術力」のために、商社としては珍しい技術部門を設けました。メーカーと連携をとり、必要であれば設計の段階から、お客様のニーズに応えていきます。

    「幅広いネットワーク」は、様々な地域の様々なお客様のご愛顧で成り立っています。その御蔭で、弊社で直接提供できないサービスの場合に提供可能な取引先様をご紹介したり、また、日本代理店として海外の代理店と連携するなど、多様な取り組みができます。将来的には、このネットワークを活用し、国内の素晴らしい商品の海外への輸出も考えていきます。

    早川 親之

    これからの電気社会に役立つ製品を、
    適正価格で誠実に供給。

    日本の社会では、今後、さらに電気が活用されていきます。発電した電気を保管できるのはバッテリーですから、これからの日本の発展において、バッテリーや関連商品は、より重要な役割を果たすようになります。そのような重要な商品に携わっているとの自覚のもと、お客様が、安心・安全に、より使いやすい商品を、技術サービスとともに、適正価格でお届けしていきます。そのために、常にお客様とのコミュニケーションを大切にし、誠実に対応します。

    また、既存のサービスで対応できない場合は、私どもが納得できる国内外の一流のサービスを探し自社で消化した上で、新たに提供していきます。

    これからもニスコは柔軟なビジョンと真摯な姿勢で、世の中に役立つ製品を、喜びと誇りをもってお届けすることで、社会の発展に貢献していきます。

  • 時流を読み、驚異の商品力で、
    新たな市場を開拓。地道な努力を続け、日本のバッテリー界を牽引。

    大角 直文Naofumi Osumi
    (在任/2002年6月〜2013年5月)

    大角 直文

    1988年に、総合商社を早期退職しニスコに入社。その1年後に親会社が倒産した時には目の前が真っ暗になりました。けれども、そこからニスコの復活劇が始まります。日本製バッテリーの水準をはるかに超えたGM製品の性能を武器に、地道な努力を続けました。トヨタ自動車様にご支援いただき、全国に33あるトヨタ部品共販会社を訪問しては、ACデルコバッテリーを紹介して回りました。楽な仕事ではありませんでしたが、やりがいを感じられる日々でした。当時、日本で初めての挑戦として、「2年3万km」の保証書付でACデルコの販売を実現。品質への自信と誇りを、手に取れる形にしてアピールすることができました。

    大角 直文

    商社的な視野と発想で、一歩先のニーズをつかむ。

    米国のトロージャンは、ニスコを日本一だと認めて輸入代理店に指名してくれました。電動ゴルフカート用バッテリーのトップメーカーとの取引では、日本にないものを輸入して供給する、典型的なプロダクトアウトが可能に。好調な業績を背景に、メンテナンスフリーのシールドバッテリーの供給もスタートさせ、日本のバッテリー市場に新風を吹き込みました。

    創業者の早川とともに、商社的な視野と発想で時流を読み、一歩先のニーズをつかみ取ることが、ニスコのビジネスの基本。世界中から一流の商品を見出し、私たちの営業力と技術力、メンテナンスを含めたサービス力で市場を開拓しました。

    大角 直文

    常にお客様に喜ばれるビジネスの種を蒔く意識で。

    経営が安定成長期に入った頃、東京・高輪本社と秦野の物流センターを合体しました。現在の厚木に移転した2002年に、私が社長に就任。新しい挑戦を念頭に試行錯誤をしましたが、やはり我々の基本はバッテリーだと再認識し、その後はバッテリーを基点とし、充電器やリチウム電池へと領域を広げていきました。日本製の品質が向上した現代は、競争の時代。しかし、バッテリーをコアとして地道に歩んできたおかげで、「業界にニスコあり」との地位は確立できたと自負しています。

    トヨタ自動車様の他にも、ゴルフカート、電気関連や建設機械のトップメーカーにお取引いただきながら今日に至ります。30周年を迎え、これからのニスコには、「同じビジネスは、10年は続かない。だから常に、お客様に喜ばれる新しいビジネスの種を蒔こう」と伝えたい。ネット社会という情報合戦の時代、スピーディな問題解決能力が求められています。社員一人ひとりがたゆまず勉強しアンテナを張り、お取引いただくお客様に有益な情報をキャッチし、発信する努力を続けることを願います。

  • 日本の常識を超える一級品を供給。
    流通改革を実現し、
    バッテリーの進化に貢献。

    早川 雅正Tsunemasa Hayakawa
    (在任/1987年4月〜2002年5月)

    早川 雅正

    株式会社ニスコは、日興電機の子会社として1987(昭和62)年に創業。伊藤忠から日興電機に出向していた私が社長に就任しました。なんでも自由に挑戦してよいという方針でのスタートで、考えた末、以前から付き合いのあったGMと何かできないかと交渉してみることにしました。その過程でGMはバッテリーでも世界一であることを知り、さっそく北海道で夏冬テストをしてみたところ、非常に優れた性能であることが実証されたのです。本田技研工業様に、米国で製造していたアコードを輸入するに際してメンテナンス用バッテリーとして売り込みに成功。その後、トヨタ自動車様からお話をいただき、GM製品の中のACデルコを提供できることになりました。

    業績は順調に推移(月刊ダイヤモンドに2年連続「成長企業」として紹介されたのもその頃です)。そんな時、ニスコの親会社が経営危機に。私は倒産1日前に親会社から株を買い独立。まるでサーカスのような独立劇でしたが、トヨタ自動車様のご支援があり、また当時は米国から日本に輸入拡大の圧力がかかっていたことも後押しとなりました。

    早川 雅正

    性能とサービスの力で、バッテリーの歴史に風穴。

    自分の歩みを振り返って、もっとも喜びと感じることは、日本のバッテリーの進化に貢献できたことでしょうか。日本のバッテリー業界は明治時代に始まり、昭和生まれの自動車メーカーより古いこともあって、バッテリー会社がアフターマーケットを支配していました。価格も技術も流通も古い。そんな時代に私たちのGMのバッテリーは、冬場でも性能が安定しており、耐久性に優れ、しかも価格も安いとあって、業界に衝撃を与えました。歴史に風穴が開いた瞬間だと自負しています。

    市場の仕組みを私たちの努力で変えていった。もちろん取引先のご支援、そして時流もあってのことでしたが、自動車部品としてのバッテリーの流通改革が実現したことにより、お客様は安くて高品質の商品が入手できるようになりました。そして、日本のバッテリーメーカーも品質向上と価格引き下げを競うことにより、世界と対等に戦えるようになりました。私の使命はここにあったのだと実感します。

    早川 雅正

    お客様の喜びを目標に、より高度な技術と見識を。

    創業時から私は、「お客様に喜んでいただくために、誠実に対応する」「一流品だけを扱い、社内でその見極めを徹底する」ことを守ってきました。これからはポータブル電源の技術改革も進むと思われ、より高性能な商品を取り扱えるようにならなければなりません。
    現在の社員には、どんなに高度な技術商品であっても、自社内でしっかりと消化し、噛み砕いて流通させていく意識をもってもらいたい。すべてのお客様へ適正価格で提供し、安心してお使いいただけるよう努力を怠らないこと。そして、さらに高度な技術と見識をもって、バッテリー界をリードしていってくれることを願っています。